おれの良さは試した奴にしかわからない


男と別れてコーヒーを飲む相手がいなくなった。煙草を吸って話す相手がいなくなった。この夏はおかげですっかりと暇なまま終わってしまった。20才の夏なのに。部屋でゆっくりしているときにジョン・ゾーンをかけっぱなしにするくらいのこと、許すから、わたしのところへ戻ってきてほしい。無理か。たかだか一カ月だ、病的になってしまうということ自体がわたしの最大限の甘え方で、めいっぱいの心の許し方で、それが受け入れられなかったのだから仕方ない。本当に人と接することが苦手だ。近寄らなければいいひとのままでいられるだろうけれど、この手の女というのにはまってしまう人も世の中にはいるからそういう人をもう一度探すか自分が変わるしかない。
声が聞きたいな。
後腐れ無い女のふりし続けたいものだ。
具体的に何年?何カ月?何日?黙っていればわたしの悪さを忘れてくれる?また元通りに食事したり酒を飲んだりができる?
どちらかと言えばわたしの方がまだ無理みたいだ。



だらだらと体の不調が続いている。寒くなればなるほどわたしの体と精神は死ぬことに近づいていく。
おとつい、たったひとり好きな友達と飲む。あちらはそうは思ってはいまいが。わたしはこれまで散々酔っぱらって相手に迷惑をかけているので、日本酒を少し飲んだあとはコーラばかり飲んでいた。お前と別れたあの子が即座に男を作ったこと、知ってる?と言ったら彼は荒れてしまって、散々飲んで、(顔色が変わらないのでわたしも気づかなかったのだけれど)相当酔っぱらったらしい。
「世の中の全てのひとは幸福であるべきだし実際幸福なんだ、そうでないと思っているならばそれに気が付いていないだけだ、俺は挫折をしても絶対にあきらめない、俺は幸福だからだ、お前はそれがわからない人間なんだろう?俺は絶対に幸福なんだ。俺は諦めない。」
しけた喫茶店でコーヒーを飲みながら彼はそう言い続けた。うんざりしながら、でもわたしも彼と同じように生きられればいいのにと思った。こいつ何度繰り返したら気が済むのだろうかと思い始めたところで「お前酔ってるの?」ときいたらどうやらそうらしいので、立たせて電車の改札まで見送ったのだがそのときにはもう酔いが回ってまともに歩けないほどだった。後ほどメールが来た。「今日は酔ってしまって悪かった、でも俺が言っていたことは本当だから」と言う。お前のこと信じているし、わたしがどれほど丁寧にお前との関係を作っているかお前には知ってほしいよ。お前にとってわたしがたいしたことのない存在だとしても。わたしが死んだとき、お前はわたしを真っ先に忘れるだろうし、わたしのことを軽蔑するだろう、だからお前のことが好きだよ。
「俺は、お前とは、絶対に、しない。」とも何度も言われた。そんなこと言わなくても当たり前だろうが。わたしのことをどうとも思っていないお前が好きなんだ。童貞っぽくても。
昔はいろいろな話をした、くだらない話ばかりだ、それは忘れてしまった、それでも二人でよく話した季節があった、コーヒー一杯で、ビール一杯で、数時間話した、お前の顔立ちが変わって、言葉が変わって、十年後にもそうできればそれでいい。だからお前のことは丁寧に丁寧に、愛情をこめて接しているんだよ。