あの日の気分と心の揺らめき

吊り広告の文庫新刊の中に「澪つくし」という題の小説があった。働いている先の小さな古書店でもやや在庫過剰気味の、あ行から始まる名前の作家の作だった。
澪つくし」とは、確かお醤油の名前だ。お醤油の名前を、小説の題にするのはとても変だ。
そのひとの部屋には小さいお醤油の瓶があって、銘柄は「澪つくし」だった。ラベルには確か「なんとかかんとか…、身を尽くし。」とかいう、駄洒落のようなコピーが書いてあった。瓶は手に持つと汚れでべとついていて、中身のお醤油は(良いものだったからかもしれないけれど)妙にとろんと濃くて、このお醤油はいつからあるのだろう、とわたしに思わせた。一人暮らしの男性だと、こんな小さな瓶ひとつ使いきらないのだろうか、とも、確か考えた。
澪つくし」は、お醤油の名前だ。お醤油の名前を、小説の題にするのは、とても変だ。