好きな漫画は 大島弓子

五月の晴れて暖かい日に白い花が咲くりんごの木の下でシロツメクサで冠を編みたいBLTサンドを食べたい、木綿の白いワンピースを着てしなをつくって大人しく座っていたい。
だけれどわたしは知らない。りんごの花が5月に咲くのかわたしは知らないシロツメクサで冠も編めないわたしの見た目は強そうで森ガールには程遠い。
理屈っぽい男の子たちには優越感の材料にされ甲高い声の女の子たちには言葉に出さずに見下されて、男の子にも女の子にもなりきれず、最後までわたしはわたしの話しかできず、ひとに疎まれ、美しい、なんの葛藤もなく生きているひとたちを呪って、そういう自分を恥じながら憎みながら、やっぱりきれいな女の人を絞め殺してやりたいと思いながら、自分より可愛い女の子なんてみんな死ねばいいと思いながら、わたしの好きな男の子の好きな女の人なんて死んでしまえと思いながら、自分にはなにもできないと言いながら諦めきれないまま、自分の好きなひとが他の女の子を抱いていることを知りながら、わたしが好きなひとはわたしを好きにならないことを知りながら、わたしの好きなひとの初恋の女の子とか初体験の女の子とかにわたしは勝てないことを知りながらもっと長くそうした気分を抱いているひとが他にもいることを知りながらそのひととの時間の方がわたしとのそれよりずっと長いことを知りながら自分の毛深くて白くない肌を呪い細くない足や大きくも小さくもない胸を呪い化粧を落とすと爛れている皮膚を憎みうまく描けない眉毛を恨みながらわたしを好きになるようなひとなんていじめてしまうというのをわかっていながらこのまま感覚を鈍らせていくのだろうと知りながら自分の言うことなどすべてすでに言いつくされているような感傷で陳腐でボンヨーだと知りながらもう大人になるのに自分のイメージをひとつに結ぶことができないからそこに自分を落としこんで完成させることもできず、仕事も手際が悪く、優しいひとたちに優しくされるのだけを心の支えにし、そんなひとたちからも見放され、「自分は選ばれなかった」という思いだけを抱えて人を憎み憎んで人の食い物にされて生きるだけなら、罪もないひとを呪い続けながら醜い気分で生き続けるのならば、悪意を持つことに罪悪感すらないような酷いやつにいじめられたりして生きるだけならそれでもって胃痛を起こして吐きまくって泣くくらいなら三日間お粥しかたべれないような羽目になるなら死んだほうがましだ、死んだほうがいい。そう思った。死ぬ死ぬ詐欺にももううんざりだった。飽き飽きしていた。もう死ぬしかない今度こそ間違いなく死ぬしかないただひとつの声も聞けずに死ぬのはさみしかった。
結局その夜わたしは死ななかった。着古したジャージをはいて歯を磨いて顔を洗って眠った。からだのすべてのうち1%だって死ななかった。ただ湯船でふやけた指先の皮を、ハサミで切ってから眠った。朝、目が覚めたらもう元気で、また14時から下北沢で働いて買い物をして帰った。
わたしはまだとうぶん死なない。