『女の一生』

大学の入試要項を調べようとコンピューターを開いたら、PDFファイルで「野生動物リハビリテーター2級 講習会申込書」というのが最小化されていた。どうやら母親がみていたらしい。そういえば先日、そんな新聞記事が切り抜かれて机の上にあるのを見たばかりだった。怪我をした鳩やら猫やら、みつけると拾ってきて世話をみている母親は、美術大学へゆかなければ獣医になりたかったと言っているのを聞いたことがある。しばらく獣医師の助手をしたこともあったけれど、弱っている動物をみることはつらいから、結局美術大学へ進学したのだという。母は表現者だとか芸術家だとかいう意識は全く持っていなくて、そうしたものにもあまり関心を示さないので、本当はもっと動物に関わる仕事をすればよかったのにとけっこうよく私は思っていて、病気の手術をしてからいっそうこの片田舎での生活に鬱屈しているようにみえる母親にそういう積極的な動きの見えたことがとても嬉しい。かつては赤坂や銀座を闊歩し新聞記事にもなったことのある彼女が、おちぶれて神奈川の新興住宅地で埋もれているのを見て、わたしはこれまで、結婚し、子を成して歳を取ることに恐れしか抱くことができなかった。ましてや小金があってもこうなのだから、自分はいったいどうなろうかという恐怖といったらなくて。だからこのことは自分にとっても嬉しい動きだ、大袈裟かもしれないけれど。