「いつもの軽い致命傷の朝」は、V系バンドの歌か何かだと思っていた

言い訳に、この身に慣れた憂鬱症、そして所帯無く横たわる今朝。昨日わたしは知り合いばかりのライブハウスで踊りまくった。すこし筋肉痛になって、昨晩の音楽はわずかな感触だけがかすかに残っていて、あとは頭をふりすぎたことを抜きにしてもあまりにきれいに忘れてしまった。どうしてわざわざfからの電話を切ってから泣いたのかも今はあまりよくわからない。ただわたしが泣くことをみせなかったのは、誰を侮辱するつもりでしたことでもない。たとえばぼくが売れたら、のメロディが今どうしても思い出せない。太平洋不知火楽団は素晴らしくて、わたしはその日一番踊った。制服を着て、女の子たちのしゃべり声の中机に臥して眠る陰気な生徒のわたしの姿なんて想像がつかないくらいに手足や頭や胴体を動かした。たとえばわたしの前にいて踊っていた、緑のポロシャツを着たおとこのひとが普段スーツを着て営業していたとしても、そんなことを全く否定してしまうような空気だった。こうして語れば語るほどわたしは感触を忘れてしまって、昨日の夜は物語になってしまうんでしょう。それがいやでできるだけ忘れるに任せている日はいくつかあって、そのことにはあまり言及もしない、語ることはだいたいもう殆ど忘れてしまった事柄だからだ。ライブハウスで同い年の女の子と知り合ったけれどやっぱりうちのめされてしまったな。たまらなかった。若さは360度100%で迫ってくるから息が詰まってしまう、自分にそういうむせかえる感じがあるべくしてないため余計に避けてしまう。羨ましいんだ。
fは仕事が終わったらきっとこの文章を読んで連絡してくる、険悪になりたくはないのに。わたしはずっと同じ場所に横たわっているつもりでいるけどそのときある角度から見えない表情があるのなんてあたりまえのことではないの。抽象的なのはほかのおとこのひとの目を気にしているからで、はてなダイアリってmixiより馴れ合いっぽいよね。とはfと話したこと。不特定多数に公開して特定少数に結局訴えてる、あなたたちのことです。